今週の重賞レース

重賞展望

重賞結果

開催日程

■2010年

1月 2月 3月 4月 5月 6月
7月 8月 9月 10月 11月 12月

コラム

更新2010/02/08 15:41

(10/02/08)動き出す厩舎改革第2ラウンド

 20世紀中は「80年代」や「90年代」という時代区分が当たり前に使われたが、2000年から09年までの10年を、一部では「ゼロ年代」と呼ぶという。呼び方への違和感はともかく、1つの時代として区分されるだけの10年とは言えるだろう。日本の競馬界にとってのゼロ年代は、全体的には「縮小と停滞」の時代と位置付けても差し支えない。前半の国際舞台での活躍を捕らえて、「停滞」の評価に異議を唱える向きもあろうが、07年以降は間違いなく停滞期に入っている。08年9月のリーマンショック以降は、海外の競馬も停滞と縮小を余儀なくされている。一足早く停滞期に入った日本で、この10年間、曲がりなりにも進展したのは、中央競馬の厩舎改革である。「競争促進」を目指して進められた一連の施策は、相応の効果を上げ、大きな副作用も伴った。ゼロ年代の幕切れのタイミングで、改革の「第2ラウンド」というべき動きが表面化してきた。一方で、改革が進むほど、着地点が見えにくいという問題も現れている。

懲罰なきメリット制へ

 有馬記念翌日の昨年12月28日、JRAはメリット制の見直しを発表した。メリット制は美浦、栗東両トレーニングセンター(以下トレセン)の成績上位者に対し、貸付馬房を加増する一方、下位者の馬房を削減するもので、02年に導入。2年間の成績査定期間を経て、04年3月に初めて馬房の増減が行われた。当初は、馬房数の幅が「16―24」と設定されたが、07年になって幅は「12―28」に拡大。その一方で、過去に馬房を削減された厩舎が、査定対象者の中位値を上回った場合、馬房を回復させる“復活”制度が導入されている。だが、今回の見直しは、従来の馬房配分に関する基本的な方針を改めた。馬房の加増・削減は各調教師の自己申告に基づき、加増に関してのみ、従来通りの査定を行うとしている。成績下位者への削減という懲罰的な意味合いが消えた。

 背景には懲罰の意味が失われたことがある。メリット制導入と前後して、特に美浦では下位厩舎の自主廃業と馬房返還が相次いだ。第1号は03年度の佐藤征助・元調教師だったが、その後も毎年のように廃業者が現れ、08年度は実に7人が撤退。昨年までに廃業者は実に16人。美浦では7人に1人が廃業したことになる。同じ時期に栗東でも5人が廃業したが、いずれも定年(70歳)間近だった。松元省一・元調教師のように、最終週の3重賞すべてに管理馬を送り出した人もいて、一般企業の繰り上げ定年に近い。だが、美浦では50代の廃業者も複数いて、経営に行き詰まった末の廃業だった。一方、栗東では3年連続で10勝ラインを超えながら削減された例もあり、美浦との均衡が著しく欠ける事態となった。つまり、罰せられるべき(?)人は自分で自分を処罰し、罰するには忍びない人が罰せられる形になった。美浦・栗東を一律に扱った弊害でもある。

 馬房返還も05年度に美浦の4厩舎が10馬房を返還したのを皮切りに、美浦では昨年度までに35厩舎が実に100馬房を自主返還。同時期の栗東は3件10馬房にとどまる。この結果、昨年度の馬房配分に際しては、美浦で開業年次の浅い厩舎に規定数(20)を割り当てても空きが出たため、雇用確保の要請もあり、1年限定で希望者を募り、抽選で貸し付ける異例の措置を取った。廃業も馬房返還も,自ら「懲罰」を先取りするに等しい行為である。当初、削減対象者は「下から10人」だったが、廃業・自主返還の結果、削減対象でない順位の厩舎が、繰り上がりで削減対象になる不合理も生じ、懲罰が無意味になってしまった。そこで、10年度からは、馬房数の幅を10―28に設定。貸付数を自己申告制とし、成績下位者からの削減は当面、見合わせるとされた。加増については、申告者のうち、査定順位上位10人までを対象とし、新たに2年連続の加増も実施する。

美浦で「モデル厩舎」導入

 美浦と栗東の実情にここまで差が生じると、一律のルールを導入することの弊害も多くなる。近年は栗東勢に年間2000勝(約58%=92年に突破)を許す一歩手前で辛くも踏みとどまっている美浦が、いかに盛り返すかがより重要となっている。その美浦で1月21日から、「モデル厩舎」と呼ばれる取り組みが始まった。日本調教師会(関東本部)と、厩務員労組との合意に基づき、指定した厩舎で従来の労使慣行と異なる運用方法を試行する。今回は二ノ宮敬宇、手塚貴久両厩舎が指定された。3厩舎で始まる予定だったが、1件で運用方法面で調整がつかず、2件でのスタート。二ノ宮厩舎では、美浦にいなかった持ち乗り調教助手を導入。手塚厩舎では分業・協業の幅を広げる試みをしている。

 注目されるのは、持ち乗り助手であろう。「担当馬のいる助手」が、栗東には数多く存在するのに、美浦にはいない――。厩舎の内情に通じた部類の競馬ファンでも、この程度の認識と思われるが、実は「持ち乗り助手」は昔から存在した。関東圏で姿を消したのは1972年のことで、調教助手の組合員化と併せ、全員が調教専門(俗称「攻め専」)となった。今日でも同じだが、各厩舎の従業員の技術には差がある。増して競馬学校厩務員課程もなかった時代。「乗れる」従業員に資質の高い馬が集中することを恐れて、廃止されていたのである。持ち乗りの最大の利点は、厩舎の機動性向上であろう。調教師の代行として臨場する資格のある助手が1人いれば、1人で2頭を遠征させることが可能だ。二ノ宮厩舎でも試行期間(1年)中、こうした運用の実現を目指す模様。持ち乗り助手の導入には、調教する側の当事者意識向上や、時間をかけて1頭の馬を調教できる――といった副次効果も指摘される一方、美浦と栗東の従業員数に大差はなく、厩舎の定員を削減し、馬主の預託料負担を圧縮する効果は限定的と思われる。だが、経済環境を考慮すれば意味は小さくない。「厩務員労組が強い」と言われる美浦だが、昨年の元日馬場開場などを見ても、従来とアプローチが変わりつつある。

多様化と調教師の管理能力

 今回の「モデル厩舎」の試行は、各厩舎の運営が近い将来、多様化する流れを感じさせる。現在は1人2頭の「持ち馬制」という基本的な枠組みが維持されているが、持ち乗り助手の運用が美浦でも拡大し、日常の飼養管理と調教を一貫して手掛ける人が増えれば、権限委譲の流れとなるだろう。一方で、「全部の管理馬を全員で扱う」スタイルへの志向が強まっている。美浦の有力厩舎では以前から、進上金(厩務員は賞金と一部手当の5%)を部分的に厩舎単位でプールし、均等に配分している例はあった。だが、全額をプールして配分する形になれば、もはや持ち馬制は有名無実化する。こうした運用の利点は、当たった担当馬の能力に関係なく、各従業員の収入が安定することや、担当馬以外の馬への当事者意識が高まり、フットワークの向上につながることがあるとされる。だが、うまく回転するのは、厩舎が全体として稼いでいる場合に限られる。不成績の厩舎は概して、限られた少数の馬が稼いでおり、往々にして稼ぐ馬は同じ人が担当していることが多いとされる。こうした厩舎が分業・協業を取り入れた場合、稼いでいた従業員がダメージを受け、不満を募らせる可能性は高い。

 結局、厩舎の運用方向をどこに向けるにしても、恒常的に資質の高い馬が厩舎に入り、内部の士気が維持されるか否かは、ほかならぬ調教師の営業力にかかってくる。また、自主廃業や馬房返還の増加は、必然的に従業員の動きを加速する。顔ぶれが変われば変わるほど、個々の能力を引き出す人事管理能力がますます問われる。同時に、調教師試験を実施し、約220人に免許を発給するJRAも、現在の調教師の数が適正か否か、根本的再検討を迫られている。

厩務員は個人事業主か?

 折しも、昨夏以降、美浦では各厩務員の進上金の税法上の扱いが論議を呼んでいる。従来は進上金を事業所得とするか、雑所得とするかに関し、解釈が明確でなかった。美浦(龍ケ崎税務署)では、当事者の多くが雑所得として申告し、必要経費に関しては所得の35%を一律に認定する方式が一般的だった。近年は雑所得一般について、おそらくは税収確保の観点から、当局は実費のみを経費として認める運用に変えて来ている。ところが、進上金に関してはごく最近まで変更されず、08年度分の申告になって、龍ケ崎税務署でも「事業所得、経費ゼロ」という扱いを打ち出してきたため、厩務員労組(日本中央競馬関東TC労)が反発し、双方の攻防は激化しつつある。第三者的な立場で見れば、厩務員がどの馬を担当するかは偶発的な要素に左右される部分が多く、また馬を発掘するのが調教師の役割であることを考えても、「事業所得」という位置づけには少々疑問が残る。年間の進上金が課税最低限(20万円)に達しない人も少なくない。経費が生じるかどうかも、個々の当事者によって異なり、一律の扱いは難しいだろう。

 実は今後の厩舎改革の方向も、税務問題に関する変数になる可能性がある。例えば、前述の通り、進上金が完全にプールされた上で配分される場合、給与所得と考える方が実態に則しているだろう。労組が厩舎改革に一定の理解を示している背景には、雇用維持という労組の存在理由さえ危うくなりかねない経済環境がある。だが、能力のデコボコや年齢差がある中で、雇用維持を図ろうとすれば、職制の多様化は避けられず、厩務員の中でも給与所得一本という立場の人が多くなろう。思わぬタイミングで浮上した税務問題は、労組にとって、今後の自らの立ち位置を鋭く問う難題となっている。

● コラム一覧